2006.01.13

モーツァルトと楽譜

モーツァルトの妻が破った楽譜復元・大英図書館で公開へ


 18世紀の音楽家モーツァルト(1756―91年)の妻が2つに破り、長い間別々に保管されていたモーツァルトの楽譜が1つに復元され、14日からロンドンの大英図書館で公開される。

 モーツァルト没後の1835年、妻のコンスタンツェが楽譜の価値を上げるため上下2つに破り、それぞれ別の人の手に渡った。下半分は1953年から大英図書館が保管、上半分は最近まで個人収集家が所有していた。モーツァルト生誕250年を記念し、復元されることになった。

 楽譜は両面に曲が記されており、片面は1773年に書かれた弦楽四重奏のメヌエット、もう片面はピアノ協奏曲の独奏部分になっている。


モーツァルトとその奥さんらしい話です。

でも楽譜が、上下一緒になれて、良かったですね。個人収集家が手放したのかな?
一時的な処置なのかも知れない。

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2006.01.12

モーツァルト

モーツァルトとされる頭蓋骨、本物と鑑定できず


今月27日に生誕250周年を迎える作曲家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトのものか論争の的になっていた頭蓋骨(ずがいこつ)について、法医学者の研究グループは、本物であることが証明できなかったとする鑑定結果を明らかにした。


頭蓋骨は1902年から、モーツァルトの生地ザルツブルクにある国際モーツァルテウム財団に保管されており、下顎部が失われた状態にある。


国営オーストリア放送が8日夜に放送したドキュメンタリー番組によると、インスブルックの法医学研究所は、米メリーランド州ロックビルにある米陸軍DNA鑑定研究所と合同で頭蓋骨の鑑定を進めた。頭蓋骨の2本の歯と、モーツァルト一族の墓に埋葬されていた祖母と姪の遺骨を調べたところ、DNA上の関連性は認められず、頭蓋骨がモーツァルトのものとは断定できなかった。


モーツァルトは1791年に35歳で死去し、ウィーン市内の貧困者共同墓地に埋葬された。墓の場所は当初不明だったが、1855年におおまかに特定された。ただ、1801年に墓堀り作業員が墓を荒らし、モーツァルトの頭蓋骨を盗んだとされる。


頭蓋骨の鑑定はこれまでにも行われたが、やはり結論は出なかった。今回の研究を主導した法医学者は、「頭蓋骨をめぐる謎は当面膨らむ」としている。


モーツァルトの頭蓋骨といわれているものを、DNA鑑定したが、モーツァルトとは、断定できなかった。

墓あらしが、入っているから当然なのかも知れない。

1月27日に、生誕250周年になるのか。

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2005.12.03

ベートーベン自筆楽譜

ベートーベンの自筆楽譜、2億円で落札


作曲家ベートーベンが弦楽四重奏曲「大フーガ」をピアノ連弾のために書き直した「大フーガ変ロ長調(作品134)」の自筆楽譜が1日、英国ロンドンのオークション会社大手サザビーズで競売にかけられ、100万ポンド(約2億800万円)で落札された。

電話入札した落札者の詳細は明らかになっていない。支払金額はサザビーズへの手数料を含めると、112万8000万ポンド(約2億3400万円)となる。

ベートーベンの直筆とされる計80枚の楽譜は、今年7月に米フィラデルフィア郊外にあるパーマー神学校の地下室で、古文書を整理していた女性職員が発見したもの。1890年に競売にかけられた後、行方が分からなくなっていた。

見つかった楽譜は、内容が難解だとされた弦楽四重奏曲の終章「大フーガ」を、ベートーベン自身がピアノ連弾のために書き直したものだと見られている。楽譜には黒、茶色のインクの他に鉛筆、赤のクレヨンで、何度も削除や訂正、加筆した跡がある。


2億円で落札です。
すごい金額ですね。持った人は、コレクターなのかな。無上の喜びを感じるのだろう。

所有欲をかき立てるのだろうな。しかにそれにしてもすごい金額なのには、驚かされます。

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2005.08.18

オフコース2

オフコースの演奏を初めて聴いたのは、高二のクリスマス・パーティーの時だった。

体育館に全校生徒が集まり、彼らが演奏した。学校から依頼されて演奏したのか、彼らが願い出て学校が許可したのかは、定かではない。

いきなり、彼らが演奏していたと言う感じです。上手なのかも良く分からないというのが、感想です。

小田和正、鈴木康博、地主道夫らが、歌った曲目も覚えていない。

地主は、運動神経が、抜群の子供だったので、意外に感じたのを覚えています。

後にも先にも、学校で演奏したのは、これだけです。プロになる予感もなかった。

アマチュアバンドと思っていた。

20歳になった頃、夏休みに演奏会をするという噂を、フェーリス出身の女の子が、キャキャ言っていたのは、覚えています。

その頃の名前は、たしか、ジ・オフコースだったと思うが、記憶も定かでない。

オフコースだったのかなぁ、いやジ・オフコースだったと思う。

<続く>

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2005.08.13

オフコース

今年は友と別れて40年過ぎた。

40年前の最初の同級会を持った。

その頃は私は、浪人中で、進路も決まっていなかった。

それぞれ友は大学に進学していて、初の夏休みだった。

小田和正、鈴木康博などは、本格的にバンドをやるのだといっていた。

それがオフコースだった。

それぞれ期待が膨らみ、夢一杯だったように感じた。

オフコースもせっかく良い大学に入ったので、そのままプロになるとは、私は思っていなかった。

でもプロにオフコースは、なってしまった。

あれから40年も経ったのか?

<続く>

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2004.10.25

まだまだ続く地震

地震情報
見ると、まだまだ地震が続いていることが、わかります。日本はやはり地震国だった。

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